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小学3年でサッカーを始める。中学2年時に関東選抜として全日本選抜中学生大会に出場。
日立工高1年時には国体選抜に選出。94年、U-19日本代表としてアジアユース予選メンバー入り。
95年に鹿島アントラーズ入団。96年のJ1第24節、柏レイソル戦でリーグ戦初出場。
97年にジーコが会長を務めるブラジルのリオデジャネイロFC(現CFZ・ド・リオ)に移籍。
21試合で7ゴール7アシストを決める大活躍。2部昇格戦では4試合2得点の活躍。
チームを3部から2部へ昇格させる原動力となった。
98年のJ1第1節、アビスパ福岡戦にてヘディングでJリーグ初ゴールを挙げる。
同年、レンタル移籍したジェフ市原ではJ1参入決定戦にて1ゴールを挙げ残留に貢献。
99年には再びCFZ・ド・リオ、2000年には川崎フロンターレとレンタル移籍を繰り返す。
転機は2000年8月。鹿島FW陣の五輪収集、また怪我等もあり鹿島へ緊急復帰。
ジェフ、フロンターレでも中々出場機会に恵まれなかったが、鹿島復帰後は17戦8得点と
鹿島3冠の立役者となった。2000年のナビスコ杯ではニューヒーロー賞を受賞。
その活躍が認められ、2001年には日本代表候補に初選出。
日本代表としては2001年4月25日のスペイン戦に初選出。終了間際に出場し代表デビューを果たす。
同年6月2日のコンフェデレーションズカップの第2戦、カメルーン戦では代表初先発。
鈴木選手は2得点を挙げチームは快勝。この試合で実質的なデビューを飾った。
このカメルーン戦以来、鈴木隆行選手は日本代表レギュラーを獲得した。
2002年ワールドカップメンバーに選出。
初戦のベルギーに先制点を許したが、その2分後に同点ゴールを決める。
同年7月14日、ベルギー1部リーグのゲンクへのレンタル移籍が決定。
ゲンクでは27試合に出場したが、出場時間や起用法にも恵まれず無得点。
2003年6月、シーズン終了をもって退団。
同年8月4日、ベルギー1部リーグ昇格を果たしたヒュースデン・ゾルダーへの移籍が決定。
不完全燃焼に終わったベルギーリーグへ再び挑戦するチャンスが訪れる。
ゾルダーではカップ戦を含め計34試合に出場、計7得点。
1部残留のかかった最終節、古巣ゲンク相手に先制点を決めるも敗北。
ゾルダーは2部に降格。2004年6月28日、鹿島アントラーズに復帰した。
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